東京高等裁判所 昭和46年(ラ)427号 決定 1972年2月22日
抗告人
高安すみ江
右代理人
多賀谷恵司
飯塚芳夫
相手方
三木政男
相手方
鯉渕合名会社
右代表者
鯉渕一
主文
原決定を取り消す。
本件を水戸地方裁判所に差し戻す。
理由
一抗告代理人は、「原決定を取り消す」との裁判を求め、その理由として、「原審は、本件訴訟の経過に照らせば抗告人は訴訟の進行について熱意のないことが明らかであり、本件期日指定の申立は申立権の濫用にあたるとして、右申立を却下したが、原審の右のような解釈は、ひつきよう国民の裁判を受ける権利を奪うことになるから許されるべきではなく、原決定は取消を免れない」と述べた。
二、(一)、よつて、記録を精査したうえ考えるに、本件訴訟における準備手続および口頭弁論の経過は、原決定がその理由三の(一)ないし(三)に説示したところと同一であるから、その記載を引用する。
(二)、右認定事実によれば、本件訴訟は昭和二九年一二月二五日の訴提起によつて係属するにいたつたものであるが、その後第二回口頭弁論期日において準備手続に付され、第一五回準備手続期日において準備手続が終結されるまで約七年を要し、その間抗告人の申請による期日の変更、延期は六回を数え、さらに右手続終結後の口頭弁論期日は延期を重ねて第一〇回口頭弁論期日において漸く準備手続の結果が陳述され、その後昭和四六年二月一六日の第四一回口頭弁論期日にいたるまでになんらかの審理の行なわれたのは僅か九回にすぎず、右四一回の口頭弁論期日を通じて、抗告人の申請、不出頭による期日の変更、延期のなされたのは一六回、当事者双方不出頭によるいわゆる休止の取扱いがなされたのは八回に達していることが明らかである。右のような訴訟の経過に照らせば、抗告人が果して真実本件訴訟を進行する意思を有するものといえるかどうか疑わしく、むしろ記録上認められるように、第三七回および第三八回各口頭弁論期日は抗告人の訴訟代理人の不出頭により相手方訴訟代理人が弁論をしないで退廷したため、第三九回ないし第四一回各口頭弁論期日は当事者双方不出頭のため、いずれもいわゆる休止となつた後、抗告人訴訟代理人の期日指定の申立が繰り返されてきている事実に照らせば、抗告人はもはや本件訴訟を追行する意思を失なつているのではないかとの疑いが濃厚であるといわざるを得ない。しかしながら、訴訟当事者は訴訟のかたわら当事者間で示談交渉を進めることの少なくないこと、また、訴訟代理人に対する報酬を調達しつつ、消滅時効を中断するため訴訟を追行する者もあることは裁判上顕著な事実であり、このような場合、示談交渉の継続ないし報酬の調達中訴訟手続を進行させず、最後の保障として、または時効完成を妨げるために訴訟係属の状態を維持していることも稀ではない。このような場合には、当事者がいわゆる休止と期日指定の申立とを繰り返したからといつて、これをもつて直ちに期日指定申立権の濫用にあたるものとすることはできない。また、訴訟の経過に照らして、もはや訴訟当事者に訴訟追行の意思すなわち攻撃防禦方法を提出し維持しようとする意思が失なわれたものと認められる場合には、裁判をなすに熟したものとして当事者不出頭のまま口頭弁論を終結することもできるものというべきである。本件についてこれを見るに、前記のような訴訟の経過からみて、原審が本件期日指定の申立を却下したことには肯ける節もないではないが、訴訟代理人の辞任があつたり、昭和三八年四月当時抗告人が長期にわたり病気であつて訴訟代理人との打ち合わせが困難であつたことが記録上窺えないではないので、前記のような、いわゆる休止と期日指定の申立の繰り返しも、その事情の如何によつては、必ずしも期日指定申立権の濫用にあたるものとはいえないし、また、当事者に訴訟追行の意思がないと認められれば、当事者双方が不出頭であつても口頭弁論を終結することもできた筈である。しかるに、原審は、右のような事情があるか否かを審理することなく、前記のような訴訟の経過に照らして本件期日指定の申立が申立権の濫用にあたるとしてこれを却下したのは、期日指定申立権の行使に関する法令の解釈適用を誤つた違法があり、この点において原決定は取消を免れないものというべきである。
よつて、民訴法三八六条、三八九条、四一四条を適用して、主文のとおり決定する。(西川美数 園部秀信 森綱郎)